「プライバシーを売る」知的消費の技法
今回、『マーケティング・リテラシー』を出すに当たって、一番、悩んだのが「『プライバシー』を売る」(第四章 P192)という章。
広告ビジネスは、これからますますプライバシーに踏み込むことになり、突き詰めて言うと、プライバシーを売り買いするビジネスになるという話から始まります。
私が、広告がプライバシーに踏み込んできているというのを身にしみて感じたのは、g-mailの文面に連動した広告が出始めたときでした。検索ワードに連動して広告が表示されるのとは、本質的に違うと思ったからです。
「おい、ちょっと待て!メールの中身を見て良いと、認めた覚えはないぞ!」「こんな広告をするっていう告知はなかったが。グーグルのプライバシーポリシーはどうなっているんだ?」「ここまで細密に広告を掲示できるようになったのか。これでは従来型の広告は壊滅するだろうな」というようなことが、同時に頭をよぎりました。
これは「私信の検閲に当たらないか」と今でも考えています。
一ユーザーの心情としては、納得していません。
一方で、ビジネスとしてグーグルは圧倒的に成功しており、その追従者は多数出るでしょう。成功者の模倣をしたくなる気持ちは分からないでもありません。
また、マーケティングを仕事にしておりますので、この広告手法の有効性は良く分かります。ついにここまで来たかと言う思いです。
もう、古典的な意味でのプライバシーを守ることは不可能です。
ITの進歩により、人のプライバシーをのぞいたり、そのデータを管理することは、ものすごく簡単になりました。
しかも、そのコストは安く、そうして集めたデータはビジネスの役に立ちます。
つまり、儲かるのです。
こうした事態に、人はどう対処すればいいかと考えて、行き着いたのが「『プライバシー』を売る」という概念です。
どうせ売買されるのなら、こっちから値段をつけて売ってやれ。
どこまで売るかはこっちで決めて、売ってかまわないプライバシーと、絶対に踏み込ませない内面の自由をキッチリ分けようと思ったわけです。
それを「プライバシー」を売ると表現したわけです。
ものすごく怖かったです。
「プライバシー」と言えば、「守る」という動詞が、ほぼ自動的につくものです。
自分の中にも、そういう固定観念がありました。
なので、「プライバシーを売る」という概念を提示するのは、心理的に抵抗があり、また、読者・評者からの反発も予想されましたので、そう書くことには決断に時間がかかりました。
下読みしてくれた人たちに、いろいろチェックしてもらったわけでしたが、真っ先にここに抵抗や反発を持たなかったかについて確認しました。
(案外、引っかからなかったようですが)
それでも、こう言えば、反発してくる人もきっといるでしょう。
でも、読んでもらえば、薄ら寒い思いをしつつも、結構な割合の人には分かってもらえるのではないかと考えています。
従来、広告は「広く告げる」ビジネスでした。
現在、広告は「狭く告げる」ビジネスです(セグメントされたターゲットに、効果的にメッセージをぶつける)。
将来、広告は「プライバシーを売り買いする」ビジネスにシフトします
未来、広告は「消費を納品する」ビジネスになります。
「プライバシーを売り買いする」「消費を納品する」ビジネス段階では、もう、広告という言葉はあたらないでしょうが。
同じような話が、池田信夫のブログで出ています。
「プライバシーを取引する」
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/22e6c60aad437693a1277ca33d47c6e6
本質は、私が言おうとしていることと同じだと思います。
『マーケティング・リテラシー』(リベルタ出版)には、その先の話も書いてあります。
たいへん、「危険」なテーマだと思います。
プライバシーから始まって、既成概念を大きく揺さぶる話であり、それがビジネスチャンスだからです。
楽天の三木谷社長は、読売新聞のインタビュー(2008/06/14)で、広告の精緻化を無邪気に誇っていましたが、個人の内心の自由という地雷を踏むリスクを検討してないようでしたし、ビジネスとして言うと、ユーザの利用履歴というデータ著作権(*こういうデータが誰のものかを契約で決める場合、持ち出す概念は著作権で、その著作権は誰が有するかや、どう使用できるかは契約書を作るときの焦点です)について、無頓着だなあと思いました。
金とやる気がある人が、「プライバシーを取引」していると言う自覚がないと言う意味で「危険」であり、それは技術的に容易で、コストもそれほどかからず、であるが故に実現可能でと言う意味で「危険」で、そこに踏み込むことが儲かりそうだから、事業者のモチベーションが高いと言う意味で「危険」です。
そして、従来のプライバシーの概念では、こうした「プライバシー取引」に対抗できないと言う意味で。
【以下、広告です】
広告が「消費を決定する力」を失う中で、世の中はどう変わり、また「私たち」はどうしていけばいいのか?
『マーケティング・リテラシー ~知的消費の技法』(リベルタ出版)をご覧ください。
(現在、BK1が最速です。アマゾンだと来月発送扱いになります)
| マーケティング・リテラシー―知的消費の技法
著者:谷村 智康 |
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コメント
谷村さん、こんにちは。
すごいブログですね!!
このプライバシーの件、こんなアングルから考えてみたことがなかったのですが、大きな問題ですね。グーグルやフェースブックがおもしろいといって、喜んでいる場合じゃないのでしたね。〔日本ではそういう論調が多いので。)マーケティングをこんな面から考えている人が日本にいるというのが、自分にとっては驚きでしたし、心強くもなりました。もう少し読んでからまた書きます。
投稿: 小林恭子 | 2008年6月22日 (日) 01時03分
コメントありがとうございます。
いつも関心深く読ませていただいております。
と言う、個々人の活動を、リンクやメールのやり取りから、かなり正確に把握することができるということは、マーケティングとしては、垂涎の話です。
この有効性が広く知られたとき、広告とそれに依存しているメディアは大きく変わらざるを得ませんし、また、プライバシーと言う概念も大きな見直しを強いられると思っています。
投稿: 谷村智康 | 2008年6月24日 (火) 09時36分