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2008年6月

ディズニーの試行錯誤

ヤングユー(1988年5月号)に「遊園地大好きっ!」というコラムがあり、その中に

某誌の あるまんが家が 作品の中に 東京ディズニーランド が出てくるので

許可をもらおうと
電話をかけたら
あっちへ回され
こっちへ回され
どんどん話が
でかくなって
アメリカ本国にまで
いっちゃって…
結局 書いちゃダメ!
なんてことになっちゃって…
電話に出たヤツが
「だまってかいちゃって
くれた方が
メンドーがなくて
よかったかも
しんない…」。と
言ってたそうです。

と言う話が出てきます。
オープンから5年経ち、小学生がプールに書いた絵を消させた(1987年)の後でも、運営体制はこんなものだったんですね。

ちなみに、コラムには続きがあって
落書きのようなデフォルメされたシンデレラ城(そうキャプションがついている)が描いてあり
その下に

こーいう 絵だったら だれも文句は 言わないよね 言ったらバカだよね

とあります。
このマンガをリアルタイムで読んでいた時には、その通りだと思いました。
当時の著作の状況(表現の自由が勝っていた)と時代の雰囲気はこんな感じでした。

この後しばらくは、ディズニーランドの描写に関しては、グレーな状況が続きます。
大手は完全自粛。
中小だと、描いちゃうみたいに。

例えば、『のら』(入江紀子)では、90年代の作品ですが、ディズニーランドが実名でかつ内部描写もしっかりされています。


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タスポをマーケティングから分析する

タバコのマーケティングはケーススタディとして、大変参考になる。ビジネスモデルに根本的な矛盾があり、しかし、それをねじ伏せる予算と蓄積されたノウハウがある。その攻防は、実に「おもしろい」。


タバコビジネスのカギは「未成年の内に、喫煙体験をいかにさせるか」にある。酒と違って、成人を記念して喫煙を勧められることはないし、また大人の証として吸い始める人はまずいないだろう。
タバコを吸い始めるのは、子供が背伸びして試してみるのがきっかけで、喫煙経験のない大人をタバコ消費者の取り込むことは非常に困難である。
もちろん、未成年者の喫煙は違法である。しかし、法をかいくぐって、未成年者にタバコを吸わせないと、産業は成り立たない。ただし、タバコには強い習慣性(中毒性)があるから、一度、喫煙習慣を植え付ければ、長期間の消費が約束される。
この矛盾と、それを乗り越えたときの「おいしさ」が、タバコ産業のマーケティングにはある。だから、戦略を組み、膨大な予算をかけて、慎重かつ巧緻に戦術を動かす。


タスポの導入に当たっては、カードの申請が面倒であり、自販機にその認識装置を付加するコストがかさむこと、その負担や運用の面倒から小規模小売店が売上を落とすことになり、廃業に追い込まれる話が先行した。
タスポは禁煙運動の高まりと、日本のお役所の管理好き(利権であり、天下り先でもある)により成立した奇妙な規格で、タバコ産業にとってはマイナスと思われた。また、そう思うように世論をリードした。
確かに、タスポが厳密に運用されるなら、タスポを持っていない人は自販機でタバコを買うことができない。未成年者はタスポを持つことはできないから、「未成年の内に、喫煙体験をいかにさせるか」が要諦であるタバコビジネスにとって、厳しい関門となる。実際に、タスポが導入された地域で、自販機でタバコが買えなくなった未成年が、コンビニにタバコを求めて強盗に入るような事件も起きているわけだし。

タバコビジネスにとって一大事かと思われていたが、ここでタバコ会社は念願の一手を打つ。自販機による深夜販売の再開である。自販機によるタバコの深夜販売の自粛は、未成年者がタバコを手にする機会に制約を加えるために、「導入させられた」自制策である。
タスポが導入されれば、未成年対策はそちらで済んでいるので、不本意な自粛を撤回する大義名分が立つ。

その一方で、タスポは骨抜きにする。店先にぶら下げて、誰でも利用できるように「サービス」するところが出ているし、タスポカードを貸与することは禁止されているが、罰則はない。福岡県警が注意したようだが、「本来」なら、タバコ産業が率先して、こうした違法行為をする店には指導しなければならないし、タスポの安定導入を真剣に考えるなら、供給を止めて、こうした店を排除することも検討しなければならない。
もちろん、「未成年の内に、喫煙体験をいかにさせるか」に腐心しているタバコ産業はそんなことはしない。

廃業に追い込まれるのは、売上を落とした店の「自己責任」である。タバコ産業に限らず、メーカーが些末な店舗の面倒を見る時代ではない。であれば、小売店は生き残りをかけて必死なのである。店頭でタスポの貸し出しを実施するところが出ても不思議はない。
タバコ産業は、タスポを骨抜きにしたいと言う本音を隠しながら、タスポ導入に全力というポーズを取る。汚れ役は店舗に押しつけられている。汚れ役に批判が集まらないように、むしろ同情が集まるように、「売上激減」「廃業の危機」というニュースリリースによる援護は欠かさないが。

タスポという「カード」を使ったマーケットの再編は、タバコ産業が一本取った。どこまで予定通りのシナリオであったかは知らないが、「未成年の内に、喫煙体験をいかにさせるか」に重要な自販機の深夜販売の復活に成功し、代わりの成約であるタスポを骨抜きにした。合わせて、不採算店舗の整理を、非難どころか同情を集めながら、実現したのだから。

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マーケティングの観点からタバコ産業を分析し、その精緻な構造を解説すると共に、そのシステムを利用して返し技をかける方法について書きました。

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コンビニを使った未成年向けタバコプロモーションについて書いた

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地デジは失敗でした

岩手・宮城内陸地震の被災現場を地上デジタル放送で見た人も多いだろうが、土石流に巻き込まれた駒ヶ根温泉は地デジの放送対象外で、その放送をあの近辺の人たちは見ることができない。
そんな「電波が届かない」ところから、取材班がハイビジョン映像を送ることができるのは、通信衛星を使っているから。今では、パラボラアンテナも送受信機も小型化しているので、日本中のどこからでもハイビジョン中継ができる。同様に衛星を使って放送すれば、テレビ放送における地域の格情報差や途絶(!)を解消できる。
こう言うと、地方テレビ局の人は、「地方発の映像文化の危機」と反論するのだが、今回の地震の被災県にいた者として意見させてもらえば、土石流に巻き込まれた温泉や崩落した道路の上空を旋回して放送し続けるのは、火事場見物であって、災害報道ではない。
地震などの大型災害の直下では、自分の置かれている状況が分からない。じっとしていれば良いのか、避難した方が良いのかが、まず分からない。逃げるにしてもどの交通網が生きているのかが把握できない。
なので、複数のテレビ局があちらこちらにヘリを飛ばして、被災の状況を伝えてくれるのは、本当にありがたい。ところが感心できないのは、その後である。派手な現場が見つかると、全局がそこに集中してしまう。
被災者と救援に向かおうとしている人が求めている情報は、どこに危機があり、脱出や救援のためにどの道路が使えるかである。
だから、震源地や大規模被災地を中心に、各局がヘリを別々の道路に沿って飛ばしてスクロールしながら生中継してくれるとありがたい。どの道路が使えるのか、あるいはどこで寸断されていて、どこまでは行けるのかを報じてくれると本当に助かる。今時であれば、GPSと連動させて崩壊箇所を電子地図上に表示することは容易だし(今回、これをしたテレビ局は一つもない)、カーナビに情報を送って、被災地への到達可能ルートをナビゲートすることも可能なのだが。
こうした地域に有用な取材放送ができない理由は「絵にならない」から。崩落や事故や泣き叫ぶ人の姿がないと全国ニュースの素材にならないので、キー局から叱責されるからだ。
地方の民放テレビ局は、広告売り上げの激減で、経営破綻状態にある。存続できているのは、キー局の番組を放送する電波料で「食わせてもらっている」から。」金づるの意向には逆らえない。
そこに放送規格として失敗している地デジがダメを押す。なにしろ、田舎では地デジは映らないのだから見ようがない。キー局発の全国向け番組ならば、衛星経由で受信すれば事は足りる。
もはや用済み扱いされそうな地方の民放テレビが、「公共性」を根拠に生き残りを図るのなら、せめて災害報道くらいは、地元被災地への配慮を優先しておいた方が良いでしょう。でないと、お膝元の視聴者から、地デジへの公的資金注入に反対運動が起きます。
(『週刊金曜日』用原稿。掲載時期繰り延べにより、自主的にボツにしました)


メディアから、「テレビについてのコメント」を求められることがあるが、今年になってから、明らかに潮目が変わりました。昨年末に『週刊文春』がテレビに対して厳しい連載記事を載せていましたが、その時は「批判」であり「叱る」という文意でした。
現在発売中のサイゾー7月号では、「提言! 「死んだテレビ」は再生できるのか?」にテーマが変わっており、来週発売のある週刊誌からは「地デジがダメっていうテーマは今更なんですが…」との話から、インタビューされました。
もう、テレビ(特に、地上波民放)の絶対的な強さはなくなったというのは、共通認識になりつつあるようだ。


アナログ放送は停波させなければならないとして(電波の効率的利用から考えて、これは当然と考える。もっとも、2011年にできるとはとても思えないが)、地デジがその代替となりえないのは、先に述べたとおり。
低所得者や情報僻地対策として補助を行うのなら、BS&CSの受信設備を配布する方が地域間の情報格差の解消としては良く(南側さえ開けていれば、日本中どこでも映る)、地域からの情報発信や消費との連動などの高付加価値化を図るのなら、NGN(光ファイバーでラストワンマイルは無線LANあたり)に投資するのが良いのではないでしょうか。


(6/25 追加分)

災害報道には、衛星回線(SNG)こそが主流」と言う話が出ています。
(『池田信夫 blog』2008/06/25)

また、都市部でビルや電線などで、電波による伝送が危ういときには、固定カメラからの上り信号は、有線(光ファイバーや、一昔前だとケーブルテレビの上り回線)を使ったりするものです。

放送塔を建てて、そこから電波を送信して放送するのも、放送塔に向けてマイクロを送って中継するのも、かつては優れた技術でしたが、代替手段が発達してきて、地上波(デジタルは「波」ではありませんが)のしくみはもはやかつてのような主役ではないのです。

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「地デジは失敗ですし、映像ビジネスにとって、地上波民放テレビは技術としてもビジネスとしても、じゃまなのです」ということが書いてあります。

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「プライバシーを売る」知的消費の技法

今回、『マーケティング・リテラシー』を出すに当たって、一番、悩んだのが「『プライバシー』を売る」(第四章 P192)という章。
広告ビジネスは、これからますますプライバシーに踏み込むことになり、突き詰めて言うと、プライバシーを売り買いするビジネスになるという話から始まります。

私が、広告がプライバシーに踏み込んできているというのを身にしみて感じたのは、g-mailの文面に連動した広告が出始めたときでした。検索ワードに連動して広告が表示されるのとは、本質的に違うと思ったからです。
「おい、ちょっと待て!メールの中身を見て良いと、認めた覚えはないぞ!」「こんな広告をするっていう告知はなかったが。グーグルのプライバシーポリシーはどうなっているんだ?」「ここまで細密に広告を掲示できるようになったのか。これでは従来型の広告は壊滅するだろうな」というようなことが、同時に頭をよぎりました。


これは「私信の検閲に当たらないか」と今でも考えています。
一ユーザーの心情としては、納得していません。
一方で、ビジネスとしてグーグルは圧倒的に成功しており、その追従者は多数出るでしょう。成功者の模倣をしたくなる気持ちは分からないでもありません。
また、マーケティングを仕事にしておりますので、この広告手法の有効性は良く分かります。ついにここまで来たかと言う思いです。

もう、古典的な意味でのプライバシーを守ることは不可能です。
ITの進歩により、人のプライバシーをのぞいたり、そのデータを管理することは、ものすごく簡単になりました。
しかも、そのコストは安く、そうして集めたデータはビジネスの役に立ちます。
つまり、儲かるのです。

こうした事態に、人はどう対処すればいいかと考えて、行き着いたのが「『プライバシー』を売る」という概念です。
どうせ売買されるのなら、こっちから値段をつけて売ってやれ。
どこまで売るかはこっちで決めて、売ってかまわないプライバシーと、絶対に踏み込ませない内面の自由をキッチリ分けようと思ったわけです。
それを「プライバシー」を売ると表現したわけです。


ものすごく怖かったです。
「プライバシー」と言えば、「守る」という動詞が、ほぼ自動的につくものです。
自分の中にも、そういう固定観念がありました。
なので、「プライバシーを売る」という概念を提示するのは、心理的に抵抗があり、また、読者・評者からの反発も予想されましたので、そう書くことには決断に時間がかかりました。
下読みしてくれた人たちに、いろいろチェックしてもらったわけでしたが、真っ先にここに抵抗や反発を持たなかったかについて確認しました。
(案外、引っかからなかったようですが)
それでも、こう言えば、反発してくる人もきっといるでしょう。
でも、読んでもらえば、薄ら寒い思いをしつつも、結構な割合の人には分かってもらえるのではないかと考えています。


従来、広告は「広く告げる」ビジネスでした。
現在、広告は「狭く告げる」ビジネスです(セグメントされたターゲットに、効果的にメッセージをぶつける)。
将来、広告は「プライバシーを売り買いする」ビジネスにシフトします
未来、広告は「消費を納品する」ビジネスになります。
「プライバシーを売り買いする」「消費を納品する」ビジネス段階では、もう、広告という言葉はあたらないでしょうが。


同じような話が、池田信夫のブログで出ています。
プライバシーを取引する
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/22e6c60aad437693a1277ca33d47c6e6


本質は、私が言おうとしていることと同じだと思います。
『マーケティング・リテラシー』(リベルタ出版)には、その先の話も書いてあります。
たいへん、「危険」なテーマだと思います。
プライバシーから始まって、既成概念を大きく揺さぶる話であり、それがビジネスチャンスだからです。
楽天の三木谷社長は、読売新聞のインタビュー(2008/06/14)で、広告の精緻化を無邪気に誇っていましたが、個人の内心の自由という地雷を踏むリスクを検討してないようでしたし、ビジネスとして言うと、ユーザの利用履歴というデータ著作権(*こういうデータが誰のものかを契約で決める場合、持ち出す概念は著作権で、その著作権は誰が有するかや、どう使用できるかは契約書を作るときの焦点です)について、無頓着だなあと思いました。
金とやる気がある人が、「プライバシーを取引」していると言う自覚がないと言う意味で「危険」であり、それは技術的に容易で、コストもそれほどかからず、であるが故に実現可能でと言う意味で「危険」で、そこに踏み込むことが儲かりそうだから、事業者のモチベーションが高いと言う意味で「危険」です。
そして、従来のプライバシーの概念では、こうした「プライバシー取引」に対抗できないと言う意味で。


【以下、広告です】
広告が「消費を決定する力」を失う中で、世の中はどう変わり、また「私たち」はどうしていけばいいのか?
マーケティング・リテラシー ~知的消費の技法』(リベルタ出版)をご覧ください。
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広告費は本当に減っているのか?

「広告売り上げが減っている」という悲鳴のような話は、テレビや新聞やラジオのような既存のマスメディアからいくらでも聞くことができる。これは日本に限ったことではなく、「米新聞社の広告売上,今年は過去最悪の下落率か」(メディア・パブ2008年6月15日)と言うように、海外(少なくとも先進国)においては、同様の傾向である。
イギリスでも似たような傾向らしい(小林恭子の英国メディア・ウオッチ 2008年 06月 10日)。来年にはテレビ広告を抜き、2010年には新聞と雑誌を合わせた(イギリスではそうカテゴライズするようです)出版広告を抜くと予想されているそうだ。
つまり、「ネット広告が増えているってことでしょ。」と捉えがちである。
日本では電通統計によれば、総額7兆円の広告市場において、ネット広告の売り上げは6000億円で、雑誌を昨年抜き去り、テレビと新聞に次いだ3位であるように。

この既存のマスメディアからネットに広告予算が推移するという大勢に同意しつつも、少しばかり異を唱えると、私は「ネット・マーケティングの売り上げは、もうとっくに、テレビや出版広告を抜き去っている」と私は考えています。
電通統計のインターネット広告費は6,003億円で、内訳は「媒体費が4,591億円」「広告制作費1,412億円」なのだけれど、これはすごく狭い定義に基づいた数字です。

この電通が計上しているインターネット広告に、アマゾンのアフィリエイトはもちろん、アマゾン内のお勧め商品の掲示のようなものは含まれていません。楽天やヨドバシドットコムも同様。これらのショップ内の「広告」は勘定に入っていません。
こうしたショッピングサイトの掲載順位はお金で買えるので、クライアントから見れば「広告」なわけです。もちろん、こうした「メディア」への掲載料はたかがしれていますが、塵も積もれば山となるわけで、合計すれば結構な金額になるでしょう。

ただし、これだけではまだ、2兆円のテレビ広告費をしのぐところまでは行かないでしょう。
しかしこれに、還元ポイントと人件費を乗せると、おそらく逆転しているのではないかと思います(正確な統計はないので、立証も断言もできないのですが)。
家電量販店で働いている人が、メーカーからの出向であったり、派遣だったりと、直接間接を問わず、メーカーが負担しています。その原資、特に前者である還元ポイントは、広告費(名称は別だったりしますが)から捻出されています。
「自社製品が売れる仕組みを作る」というマーケティングの原理から言って、そこに金をつぎ込むのは当然です。メディアの広告に凝っても「きれいな広告表現をありがとう。見ていて楽しかったよ」「だけど、買うとなると、全然別の話さ」と言う辺りが消費者の心情でしょうから、そんなぬるいところに予算を割くよりは、売り上げに効くところに実弾を放り込むでしょう。

後者である人件費にしても、リアルショップの店員がメーカーの人間であるのなら、ネットショップの裏側にもメーカーからの派遣がいると考えるのが妥当でしょう。そういうところまで含めて、メーカーの広告費です。「自分のところの商品こそを買ってもらうための予算」という意味で。


正確な統計があるわけではない(先の電通統計は、「メディア」あるいは「大手広告代理店」が絡んだ金の話限定)から、断言はできませんが、メーカーの広告予算は減っていません。ただ、メディアに使わなくなっただけです。

「そんなポイント還元とか人材派遣の費用は、広告の概念に含まれないよ」と広告代理店やマスメディアの人は言いたいでしょう。

反論は二つあります。
1.「広く告げる」広告を商売にしているメディア自体が、番組や記事と連動した通販を実施しているわけで、広告が単純な認知や関心を取り扱うビジネスではなくなっていることを、自身がよく知っているはず。
2.「自分のところの商品こそを買ってもらう」ことこそが、広告の使命。かつてはメディアの広告にその決定力が圧倒的にあったから、「マーケティング≒広告」という状態が成り立ったのだが、今では消費を決定する装置としての玉座は、(狭義の)広告ではない。消費を決定する装置(マーケティング)として、長い間、広告の独壇場が続いたので、つい同一視してしまいがちだけれど、本来は全く別のものであり、ポイント還元や店頭への人材派遣を広告と認めないのは、狭義の定義としては正しいが、「売りを決める」という本義を忘れた広告屋の視野狭窄か自己弁護に過ぎないのです。


「広告費は本当に減っているのか?」と言うタイトルに戻ると、クライアントのマーケティング(自分のところの商品やサービスを売るためのしくみ)予算は減ってない。
ただ、効果が薄れているから、メディアに費やされる予算は減り、「広告費が減っている」と業界で言われるような状況になっているだけだと思います。

*日本の広告の現状については、電通の統計以外には、「正確な統計がない」のです。
本文中にも、二回、「正確な統計がない」という表現が出てきますが、「クライアントが使っている総額」「販促まで含めた金額」は、本当のところ、良く分からないのです。

【以下、広告です】
広告が「消費を決定する力」を失う中で、世の中はどう変わり、また「私たち」はどうしていけばいいのか?
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『マーケティング・リテラシー』発売

『マーケティング・リテラシー ~知的消費の技法』(リベルタ出版)と言う本を出しました。

ボツになったキャッチコピーは「電通の上前をはね、グーグルの先を行く」でした。
言葉に品がないと言うことで却下になりましたが、要約するとそういうマーケティング・ビジネスの本であります。

ちなみに、アマゾンだと配送にべらぼうな時間を要してますので、現時点ではお勧めしかねます。
ジュンク堂に在庫があるので、最寄りのジュンク堂に取り寄せるか、BK1の利用をお勧めします。

本の内容や書くに至ったいきさつは、ぼちぼち書いていこうと思います。


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